TDKラムダ様 インタビュー
損失解析機能を備えた電源シミュレータの有効活用法
スイッチング電源(AC-DCコンバータやDC-DCコンバータ)、インバータ(DC-ACコンバータ)などの電源装置の設計には、電源回路シミュレータの使用が欠かせません。電源装置を試作した後の評価や検査で仕様未達や不具合などを発見しても、そこから再設計や修正に取り組むと多くの時間とコストを浪費してしまうことになるからです。このため、電源装置設計のできるだけ初期の段階で電源回路シミュレータを活用して、仕様未達や不具合などの要因をあらかじめ潰しておけば、設計期間とコストを削減できます。
いわゆる「フロントローディング」の実現です。
現在市場では、さまざまな電源回路シミュレータを入手できます。その中で、スマートエナジー研究所の「Scideam/SCALE」は業界に先駆けて、電源回路の電力損失を算出する損失解析機能「Power Palette」を搭載しました。そこで今回は、電源メーカーでは電源回路シミュレータをどのように使って、電源装置の設計にどう活かしているのか。損失解析機能の有効な使い方は何か。TDKラムダ 長岡テクニカルセンターで電源装置を設計する技術統括部の五十嵐友一氏、富岡聡氏、川越博幸氏に電源回路シミュレータの活用状況などについて聞きました。
Interview
電源回路シミュレータの使い分け
―――現在、TDKラムダ 長岡テクニカルセンターでは、どのような電源回路シミュレータを活用していますか。
五十嵐 複数の電源回路シミュレータを使っています。例えば、スマートエナジー研究所の「Scideam/SCALE」や、米Analog Devicesの「LTspice」、米Altairの「PSIM」、米SIMPLIS Technologiesの「SIMPLIS」、米Pleximの「PLECS」などです。いずれの電源回路シミュレータも得意領域と不得意領域があります。その得意領域を生かしながら使い分けています。SCALEの得意領域は、スイッチング電源回路の定常解析や周波数特性解析(FRA:Frequency Response Analysis)、損失解析だと認識しています。
なお、有償シミュレータのライセンス数には限りがあるので、当初はLTspiceなどの無償のシミュレータでまずは慣れてもらい、それだけでは物足りなくなるとScideam/SCALEなどの有償のシミュレータに移行することが多いように思います。
―――エンジニアは、使用する電源回路シミュレータをどのように決めているのでしょうか。
五十嵐 最終的には、それぞれのエンジニアの好みです。やはり使い慣れている電源回路シミュレータを使う傾向が強いですね。
富岡 私は1990年代からずっとSCALEを使っています(当時の製品名は「SCAT」)。SCALEは、試作した電源回路の動作と電源回路の状態方程式の解析結果が合っているかどうかを確認するときに有用です。この解析結果については、SCALEが最も解析精度が高いからです。ただ、SCALE以外のシミュレータも用途によっては活用しています。
―――Scideam/SCALE以外のシミュレータは、どのような用途で使われているのでしょうか。
五十嵐 コイルやトランスの解析には、電磁界解析ソフトウェアとの連携がとれているシミュレータを使っています。また、マイコンの動作検証の用途ではHILS(Hardware In the Loop Simulation)との連携が可能なシミュレータを活用しています。
―――会社や部署としては、1つの電源回路シミュレータを優先的に使ってほしいという要求はないのですか。
富岡 現在は、各エンジニアに任せている状況です。しかし会社としては、エンジニアが手掛けた解析結果などを資産として蓄積していく必要があります。このため電源回路シミュレータがバラバラという状況は好ましくありません。将来的には、用途ごとに電源回路シミュレータを絞りたいという要求はあります。
LLC共振コンバータの開発に活用
―――SCALEを利用して開発した電源製品の具体例を教えて下さい。
五十嵐 ソフトスイッチング動作が特徴の共振コンバータなどに利用しています。最近の製品だと、「ZWPシリーズ」と「CMEファミリー」という2つのスイッチング電源製品群が挙げられます【図1】。
―――この2つのスイッチング電源の主な用途は何ですか。
川越 ZWPシリーズは、大きなピーク電流に対応できることが特徴です。このためロボット・アームに搭載するモーターの駆動などに最適です。CMEファミリーは、低リーク電流が最大の特徴で、しかもノイズが少ない。このため医療機器などに使えます。
―――SCALEは、具体的にどのように活用したのですか。
川越 この2つのスイッチング電源は、当社の海外拠点で設計したものです。SCALEは、国内での設計レビューにおける妥当性の検証に活用しました。
―――なぜSCALEを使ったのですか。
五十嵐 この2つのスイッチング電源は、回路トポロジにLLC共振コンバータ、制御方式にパルス周波数変調(PFM:Pulse Frequency Modulation)を採用しています。LLC共振コンバータをPFMで制御すると、スイッチング周波数(fsw)と出力電圧(Vo)について、【図2】のようなグラフが得られます。具体的には、スイッチング周波数(fsw)を高めていくと、ある周波数で出力電圧(Vo)がピーク値に達し、その後は出力電圧が低下してくという特性です。
この特性を、基本波近似法(FHA:First Harmonic Analysis)と呼ぶ一般的な数値解析法で求めると出力電圧のピーク値でも、設計上必要な24Vに達しないという結果になってしまいます。ところが、SCALEを使えば、出力電圧のピーク値付近で24Vを超えるという結果が得られます。
―――FHAとSCALEの解析結果ですが、どちらの方が正しいのでしょうか。
五十嵐 SCALEによる解析結果の方が実機に近いといえます。
―――設計段階で正しい解析結果を得られると、スイッチング電源の開発においてどのような実利が得られるのでしょうか。
五十嵐 FHAによる数値解析結果に基づいて設計してしまうと、電圧に関する仕様を満たすために、入出力の電圧範囲を必要以上に広げなければなりません。その結果、変換効率の低下や、周辺部品の大型化を招きます。従って、電源回路シミュレータを使った設計段階の解析で高精度な結果が得られないと最適設計が難しくなります。
―――FHAでは、高い精度の解析結果が得られない理由は何ですか。
五十嵐 FHAは、正弦波で近似しているので正弦波では表現できないケース、例えば電流が不連続なモードは正しく模擬できません。またスナバコンデンサを含む容量成分をFHAでは省略しているため、ある程度の誤差が発生してしまいます。
トランスの動作を正確に解析
―――ZWPシリーズとCMEファミリーでは、どのようなトランスを採用していますか。また、トランス・モデルはどのように作成しているのでしょうか。
川越 ZWPシリーズとCMEファミリーでは、共振トランスの一種である疎結合トランスを使用しています。疎結合トランスとは、一次巻線と二次巻線を分離することで、意図的に結合度を低くして漏れインダクタンスを大きくしたものです。つまり、共振インダクタをトランスの中に入れ込んだものといえます。
五十嵐 ご指摘の通り、疎結合トランスを使うスイッチング電源をシミュレーションする際はトランス・モデルが重要です。疎結合トランスの相互インダクタンスと、共振用漏れインダクタンスが分からないと共振現象を解析できません。そこで米Ansysの電磁界シミュレータなどで解析してトランス・モデルを作成します。解析を実行すると、インダクタンスと結合度のマトリクス(行列)を求められ、これをSCALEに入力すればLLC共振コンバータの動作を解析できます。
―――電磁界シミュレータで得られた行列をただ単純にSCALEに入力するだけですか。
五十嵐 もう少し詳しく説明すると、SCALEには「相互変圧器」と呼ぶトランス・モデルが用意されています。この相互変圧器は、結合度が対称の場合と非対称の場合の両方に対応しており、結合度の行列を入力できます。その行列に、電磁界シミュレータで得られた行列を入れて、各巻線にはインダクタンス値を入力することで、【図3】のような疎結合トランスを用いたLLC共振コンバータのシミュレーションを実行できます。
実際に、SCALEによるLLC共振コンバータの解析で2次側に流れる2つのループ電流(iNS1とiNS2)の一方のループの電流は大きくもう一方は小さいという現象や、2次側のダイオード電圧を模擬できます。この結果を使って、疎結合トランスの結合度などの再検討することになります。
定常状態を一発で求められる
―――このほかスイッチング電源(LLC共振コンバータ)の開発において、SCALEをどのように活用していますか。
富岡 ボード線図解析にもSCALEを活用しました。シミュレータによっては、非常に長い時間を掛けないと計算できないため、ボード線図を簡単に作成できません。しかし、SCALEは、LLC共振コンバータの定常状態を一発で求められるため、とにかく短時間で計算できます。感覚的には、ほかの電源回路シミュレータの10倍以上高速です。
川越 定常状態をすぐに求められ、スイッチング周期の実効値を簡単に計算できることは、SCALEの大きな特徴です。ほかの電源回路シミュレータのほとんどは、解析対象のLLC共振コンバータが定常状態に安定するまで待つことになります。
―――待つというのは、具体的にどういうことでしょうか。
川越 出力電圧が0Vという初期状態から解析を始めると、出力電圧が上昇し、いずれ落ち着いて変化しない状態になります。これが定常状態です。ボード線図を求めるには、ここまで待たなければなりません。
―――なぜ、SCALEだと待たずに済むのでしょうか。
川越 定常解析機能を使えば、すぐに定常状態が求まるからです。
五十嵐 複雑な回路では、まれに定常解析が収束しないことがありますが、スイッチング周期の代表点をプロットするトランジェント解析を使えば、十分高速に定常状態が求まります。一般に、電気回路の状態方程式を解くと過渡解と定常解が出てきて、その過渡解が減衰してゼロになる定常状態までのシミュレーション時間がここでは待ち時間になります。SCALEでは、定常状態までのデータ数を節約したトランジェント解析や、最初から過渡解なしで定常解を算出する定常解析といったアルゴリズムを搭載しているので非常に便利です。
富岡 そういったアルゴリズムが搭載されていないシミュレータでボード線図を求めるには、定常状態になるまでのタイムステップごとの全データが出力されるのを待って安定したところで、応答特性を測定する周波数の正弦波信号を注入します。この作業をおおよそ10Hz〜100kHzの周波数範囲で少なくとも100回ぐらい繰り返し実行しないとボード線図のカーブは得られません。このため非常に長い時間がかかります。
―――SCALEを使えば、この時間をかなり短縮できるのでしょうか*1)。
五十嵐 はい。これは定常解析が得意な電源回路シミュレータとして、SCALEが使われている理由です。とにかく定常状態の解析が速いといえます。
* 1 )現時点(2022年8月)において、Scideamでは定常解析機能は未実装です。今後のアップデートで実装する予定です。
「損失解析機能」は有用
―――スマートエナジー研究所では、Scideam/SCALEに向けて損失解析機能「Power Palette」を開発しました【図4】。TDKラムダ 長岡テクニカルセンターでは、その機能を正式リリース前の評価のために試用しています。実際に使った際の感想を教えて下さい。
五十嵐 損失解析機能には、特筆すべき点が2つあります。
1つは、Spiceモデルに比べて簡素なスイッチモデル(SWモデル)でありながら、実用性の高い波形による損失解析を高速に実行できることです。もう1つは、面倒な設定なしでコイルやトランスの鉄損と銅損を算出できることです。もちろん、電磁界シミュレータと連携させて求めた方が鉄損に加えて、渦電流損と表皮効果、近接効果を踏まえた銅損を厳密に求められます。しかし、設計初期段階でのコイル・トランス仕様立案や意思決定のフェーズでは、時間がかかる厳密な解析でなくても傾向が分かれば十分というケースが多い。このため、Scideam/SCALEの損失解析機能は有用だと感じました。
実際に損失解析機能を使って、ダストコアを適用したスイッチング電源の変換効率を解析した結果が【図5】です。ダストコアコイルの直流重畳特性(コイルに電流を流すとインダクタンスが低下する現象)をモデル化して反映させれば、実測値とほぼ一致した解析結果が得られます。その誤差は±0.1%以下であり、計測誤差などを考慮すると妥当な結果です。
―――これまでは、電源回路の損失はどのように求めていたのでしょうか。
五十嵐 基本的には、スイッチング損失や銅損、鉄損などを構成要素ごとに数値計算で求めていました。ただし、この方法は比較的多くの工数を必要とします。使用する電源回路方式ごとに計算式をその都度立てて算出する必要があるからです。Power Paletteでは、電源回路シミュレータを実行すると、データを入力した部品の損失解析結果を自動的にリスト化してくれます。計算式を打ち込む必要はなく、その計算工程を削減できます。
しかし数値計算によって、エンジニアが身につけられる部品選定などの電源設計の勘所は多いです。Power Paletteを利用した場合でも、その解析結果を確認して、入力パラメータや部品モデリングの妥当性などを判断する必要があります。従って、当社のエンジニアが損失の数値計算を習得してもらう教育の工数は削減できないかもしれません。
―――今後、Power Paletteをどのような用途で活用していく考えですか。
五十嵐 電源回路方式を決定する設計の初期段階で活用すると思います。初期の検討段階では厳密な損失計算の結果よりも、選択肢となっている各種回路方式の比較材料を早く、多く揃えたい。この損失計算の精度と計算時間とのトレードオフを解決するため、理想スイッチを使ったシミュレーション結果を利用し、部品モデルに基づいて半導体の損失を計算するシミュレータがいくつか製品化されています。こうしたシミュレータでは、ハードスイッチング回路においては損失を高精度に求められます。しかしソフトスイッチング回路における損失の精度を高めるには、調整作業がやや必要でした。LLC共振コンバータなどのソフトスイッチング回路では、損失の原因だったはずのスナバコンデンサや寄生容量(Coss)の充電エネルギーが、その後、放電されて実は損失にならないという現象が起こるためです。従って、ソフトスイッチング回路では、ハードスイッチング用に用意した部品モデルのパラメータを変更する必要がありました。
これに対してPower Paletteでは、スイッチング時間(tr, tf )と寄生容量(Coss)を模擬した独自のスイッチモデルにおける電圧・電流波形から損失解析を実行しており、スナバコンデンサや Coss の充放電エネルギーを分離することが可能です。このため、ハードスイッチングでもソフトスイッチングでも、部品モデルのパラメータは変更する必要はありません。そのためソフトスイッチング回路方式が検討段階で選択肢に含まれる当社の場合は、Power Paletteは強力な設計ツールになると感じています。
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