テスラ「Model3」の車載充電器を丸裸に
損失解析が可能な電源シミュレータ活用
カーボンニュートラルの実現に向けて注目度ががぜん高まる電源技術。その研究/教育の最前線で活躍するのが崇城大学 准教授の西嶋仁浩氏です。同氏はスマートエナジー研究所の電源シミュレータ「SCALE/Scideam」を使い、米TESLAが販売する電気自動車「Model3」の車載充電器を分解/解析しました。
SCALE/Scideamは損失解析機能を持ちます。このため、極めて詳細な解析が可能になりました。
今回は同氏に、解析で明らかになったことや、今後SCALE/Scideamを使って取り組む研究の方向性などについて聞きました。
Interview
「SCALE/Scideam」の活用
―――現在、電源シミュレータ「SCALE/Scideam」をどのような場面で活用していますか?
西嶋 電源技術の教育と研究。その両面で活用しています。特に教育の面ではかなり助けられています。新型コロナウイルスの感染拡大期は、なかなか対面のゼミを実施できず、電源技術を学生に説明するにも遠隔で実施せざるを得ませんでした。そのときに電源シミュレータが役立ちました。まず私が電源回路の動作を説明してから、学生にシミュレータ上で電源回路を組んでもらう。そして次に、スイッチング周波数やインダクタンスなどを変えて、さまざまなノードの電圧/電流波形を見てもらいます。これでかなり電源回路への理解が深まります。
最近では、かなり対面で講義しやすくなりました。それでも電源シミュレータは活用していくつもりです。学生は実験室にいなくても場所を問わず自宅でも学べる上に、電源学習の敷居の高さを大幅に下げられるというメリットがあるからです。やはり、いきなり実物を使って実験するのは難しい。
測定器の使い方も簡単ではありません。難易度が高すぎると、学生のやる気が萎えてしまいます。電源シミュレータを使えば敷居を下げられる。教育の手軽さという点で手放せないツールです。さらに、時代の流れであるDX化にもマッチしています。
もちろん、電子部品メーカーの開発者や電子機器メーカーの設計者などが電源技術を学ぶ際の教材としても価値があることは間違いありません。
―――学生はすぐにシミュレータを使いこなせますか?
西嶋 はい。一度覚えてしまえば、結構使いこなせます。仮に、使い方が分からなくなっても、ヘルプ機能が充実しているため行き詰まることはないでしょう。例えば、ある電子部品の特性値の入力方法が分からない場合、そこでヘルプ機能をクリックすると説明文が表示されます。これを見て、その通りに作業すれば先に進められます。ハードルは意外に低いという印象です。
―――電源技術の研究では、どのように活用していますか?
西嶋 新しい電源技術を生み出すには、新しいアイデアが欠かせません。そのアイデアが有効なのか、そうではないのか。電源シミュレータを使えば、新しいアイデアの有効性をスピーディに確認できる。設定などが煩雑だと使いづらいですが、SCALE/Scideamはサクッと使える。研究者には便利なツールです。
さらにSCALE/Scideamは、電源回路の設計にも有効です。通常、電源を設計する際には動作確認だけでなく、損失解析を行います。従来は、自分で理論式を立てて、その式を使って損失を計算していました。実際には、表計算ソフトに打ち込んで求めていたわけです。しかし、SCALE/Scideamには損失解析機能が搭載されました。この機能を使えば、スイッチング素子やダイオードなど、使用する部品を電源シミュレータ上で置き換えるたびに損失を算出できます。損失が一番小さい部品の組み合わせはどれなのか。こうして使用する部品を最適化できます。電源シミュレータの使い勝手が大幅に高まったといえるでしょう。
TESLAの電源技術力を測る
―――最近、米TESLA(テスラ)が販売する電気自動車「Model 3」の車載充電器を分解されたようですが、そこでも電源シミュレータを活用したのですか?
西嶋 はい、Model 3の車載充電器の分解にSCALE/Scideamを活用しました【図1】。従来の分解調査といえば、どのような部品が使われているのか、外形寸法はどのくらいなのか、実装にはどうような技術を採用しているのか、などしか分かりませんでした。
しかし今回の分解調査では、SCALE/Scideamに車載充電器の回路構成を入力し、電圧/電流波形や損失を計算できるようになった【図2】。この結果、設計の良し悪しの判断が可能になったわけです。車載充電器の写真だけだと、設計が良いか悪いか分からない。しかし、電源シミュレータを使うことではっきりした。これは本当に価値があります。そこから学ぶことがあり、それを自分たちの設計に生かしていけるからです。
―――Model 3の車載充電器の具体的な評価を教えて下さい。
西嶋 「うまく設計できているなぁ」という印象です。大きな欠点はなく、無難に設計されている。TESLAと競合関係にある国内企業は、危機感を持った方がいいかもしれません。
―――実際に、どのような設計を採用しているのでしょうか?
西嶋 一般に車載充電器はフルブリッジ・コンバータを採用するケースが多いのですが、Model 3ではLLC共振コンバータで構成しています。LLC共振コンバータは、バッテリの電圧範囲、すなわちコンバータの出力電圧範囲が広いと高効率が得られないケースがあります。しかしModel 3のLLC共振コンバータを電源シミュレータで解析したところ、出力電圧が350Vでも400Vでも約97%と高い効率が得られていました。入力電圧が高いケースや低いケースでも効率が低下することはない。Model 3のバッテリー電圧範囲が比較的狭いことが影響しているかもしれませんが、バランスの取れたLLC共振コンバータを設計しているといえるでしょう。
―――採用している部品や回路について、特筆すべき点はあったでしょうか?
西嶋 力率改善(PFC)回路にはSiCパワーMOSFETが採用されていました。実はModel 3は、最初のモデルから電源システムだけがリニューアルされています。当初PFC回路は、スイッチング素子だけでなくダイオードにもSiCデバイスが使われていました。ところが最新のモデルでは、SiCデバイスはスイッチング素子だけ。SiCダイオードは、Si製のダイオードやサイリスタに変更されており、コストダウンが進められています。
カーボンニュートラルの達成に貢献
―――今後、電源シミュレータをどのような形で活用しようと考えていますか?
西嶋 現在、日産自動車と進めている共同研究で電源シミュレータを活用しています。この共同研究は、自動車に太陽電池を搭載し、それで発電した電力で走行させることが目的です【図3】。実は、太陽電池を住宅に取り付けるのと自動車に取り付けるのでは、大きな違いあります。それは、自動車は走っているため、建物や街路樹の陰が掛かったり、太陽の向きが変わったりすることです。言い換えれば、日射量が目まぐるしく変化する。日射量の変化は発電量の変化に直結します。しかも、バッテリの出力電圧もその充電状態によって変化します。電源の効率は、入力や負荷の条件によって変わる。従って、太陽電池で発電されてバッテリに充電される電力量を正確に評価しようとすると、さまざまな入力/負荷条件において効率のデータを取得しておく必要があります。このデータの取得に電源シミュレータを活用しています。
今後、こうした充電量解析の研究は、さらに高度化させます。具体的には、自動車の走行ルートや季節、天候などを勘案して日射量を計算し、発電量が最大になる走行ルートを求められるようにようにする考えです。走行ルート付近の自動車からデータを吸い上げれば実現可能です。研究は、令和4年度(2022年度)の文部科学省の科学研究費(基礎研究(B))を採択されました。タイトルは「走行中の部分陰や日射量急変に対し最大限に発電できる車載太陽光発電システムの開発」です。
まとめ
EV業界などカーボンニュートラルで鍵を握る、電源技術開発。
その研究/教育の最前線で活躍する西嶋氏は、米Tesla社の電気自動車「Model3」の車載充電器を分解・解析するのに「Scideam」を活用されました。
西嶋氏は、「電源シミュレータを活用することで、従来の分解調査で得られない電圧/電流波形や損失を計算できるようになり、設計の良し悪しの判断が可能になった 。これは本当に価値があります。 それを自分たちの設計に生かしていけるからです。」と仰います。
西嶋氏は現在、 自動車に太陽電池を搭載し、発電した電力で走行させるEV車の共同研究に取り組んでおられます。 今後は、電源シミュレータにより車載向け太陽光発電システムの開発を進め、カーボンニュートラルの達成に意欲を示されております。
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